12月
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だから、もっと人殺しの顔をしろ - ○内○外日記プラス+
と、そんな敗北主義でいいのでしょうか。なにかできることはないのでしょうか。無能なもの、役に立たないものに、できることはないのでしょうか。もし、あるとすれば、有能な人間に釘をさしておくくらいのことしかありません。釘をさすといっても、もちろん本当に脳天に自動釘打ち機で釘を打ち込むといった類の話にほかなりません。いくら有能であっても、金属バットを頭にフルスイングすれば死ぬ、そんな現実を忘れないでおくことが肝要でしょう。もう、そのくらいしか残されていません。排外主義、反知性主義的態度などでは生ぬるい。そうでもしなければ、有能な人間は「百姓が貴族の目を見たら死ぬ」くらいのことをわれわれに信じこませて、身を隠します。あるいは、自己責任だのたましいの良し悪しだのなんだのということで、結局、生まれの能力差について都合のいいことを言って言い逃れます。 ただ暴力のみが担保です。お前のガキの安全と俺の飯はセットだ、と。能力のある人間が、ない人間をせせら笑ったり、あるいは同情しているうちに、気づかせてやる必要がある。「そういうことをする人間が出てくるかもしれませんよ?」、否、「俺がやるかもしれません」。 ある人間が宅間守みたいになるのは、水が油になるということではありません。水がお湯に、あるいはお湯が水になるようなものでしかありません。 言うまでもありませんが、私が標的になりそうであれば、頭にヘルメットをかぶって頭部を守りますし、適当な美辞麗句とおためごかしで暴力を予防しようとするでしょう。いくらでも卑劣になれますし、嘘も簡単につけるでしょう。